大分地方裁判所日田支部 昭和50年(ワ)68号 判決 1977年1月28日
原告
楢原アサノ
被告
柴尾正一
ほか一名
主文
被告柴尾正一は、原告に対して六三六万一一八七円とこれに対する昭和五〇年一二月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告の被告柴尾正一に対するその余の請求と、被告日産火災海上保険株式会社に対する請求はいずれも棄却する。
訴訟費用は、原告と被告柴尾正一との間ではこれを三分し、その一を原告の、その余を同被告の各負担とし、原告と被告日産火災海上保険株式会社との間では原告の負担とする。
この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者双方の申立
一 原告
被告らは連帯し、原告に対して九四六万五六六二円とこれに対する昭和五〇年一二月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決と仮執行宣言
二 被告ら
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
との判決
第二当事者双方の主張
一 原告(請求原因)
(一) 事故の発生
楢原十三雄(以下亡十三雄)は左の交通事故により死亡した。
1 日時 昭和四八年一一月二五日午前二時三〇分頃
2 場所 日田郡天瀬町大字馬原二一〇五の四付近国道上
3 加害車 普通乗用自動車(大分五五は三八八二号)
4 運転者 被告柴尾正一(以下被告柴尾)
5 同乗者 亡十三雄
6 事故の態様 日田市方面から玖珠町方面へ向け疾走中、被告柴尾が、ハンドル操作を誤つてガードロープに加害車を接触させ、横転した加害車から、亡十三雄が放り出され、脳挫傷、脳底骨折等の傷害を受け、同日二時五〇分頃死亡
(二) 責任
1 被告柴尾
同被告には、運転技術未熟のために、ハンドル操作を誤つた過失があるから、民法七〇九条による責任
および同被告は自己のために加害車を運行の用に供していたから、自賠法三条による責任
2 被告日産火災海上保険株式会社(以下被告会社)
被告会社は、加害車の所有者である井上武昭との間に、加害車について自動車損害賠償責任保険を締結した。井上武昭は加害車を所有し自己のために運行の用に供していたのであるから、自賠法一六条一項に基づく責任
(三) 損害
1 亡十三雄に生じた損害
逸失利益 六五九万二三七四円
亡十三雄は、本件事故当時満十八歳の男子で、大工見習として四万五〇〇〇円の月収を得ていた。本件事故により死亡しなければ満六七歳まで稼働することができた筈であるから、同人の本件事故によつて失なつた得べかりし利益は、生活費として収入の五割を控除し、ホフマン方式により中間利息を控除して現価を求めると左のとおり六五九万二三七四円となる。
四万五〇〇〇(円)×一二×〇・五×二四・四一六二=六五九万二三七四(円)
原告と亡楢原清藤(以下亡清藤)は、亡十三雄の両親であり、相続により右債権を二分の一宛取得した。
2 原告らに生じた損害
(1) 慰藉料
亡十三雄の死亡により、両親である原告らの受けた精神的苦痛を慰藉するのに相当な額は三〇〇万円である。
(2) 葬儀費用
原告と亡清藤は葬儀費用等として合計四三万円を支出した。
(3) 弁護士費用
被告らが任意の支払に応じないので、原告と亡清藤は、原告訴訟代理人にその取立を委任し、手数料等として五〇万円を支払う約束をした。
3 亡清藤と原告は本訴を提起した。その係属中昭和五一年八月三一日、亡清藤は死亡し、原告はその唯一の相続人であり、亡清藤の右債権を相続により取得し、同人の訴訟を受継した。
亡十三雄にも、本件事故発生について過失があつたから、損害額のうち三割を控除し、原告は被告らに対し、連帯して九四六万五六六二円とこれに対する訴状送達の後の日である昭和五〇年一二月二日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。
二 被告ら
(一) 請求原因に対する認否
1 被告両名
請求原因事実(一)と同(三)の3を認め、同(三)の1(被告柴尾について、原告らが両親であるとの部分を除く)、2の(1)、(2)、(3)のうち金額を争い、その余は知らない。
2 被告柴尾
請求原因事実(二)の1、同(三)の1のうち原告らが亡十三雄の両親であることを認める。
3 被告会社
請求原因事実(二)の2のうち井上武昭が加害車の所有者であること、加害車について被告会社が右井上と自賠責保険契約を締結したことは認める。
(二) 抗弁
1 被告柴尾
(1) 原告と被告柴尾との間では、昭和四八年一一月に左の条件で和解が成立した。
(イ) 井上武昭に対し、加害車損壊の弁償として新車購入費一一〇万五〇〇〇円を被告柴尾らにおいて支払う。
(ロ) 亡十三雄死亡による損害は、被告会社に自賠責保険の請求をなし、原告らが受領する。
(ハ) 右の条件をもつて本件事故に関して一切解決した。
(2) 亡十三雄は、共同運行供用者であり、自賠法三条の他人に該当しない。
(3) 亡十三雄にも本件事故発生について過失があつた。
2 被告会社
加害車の所有者井上武昭は、加害車を日田市中央一丁目四番三四号寿レストラン地下駐車場に駐車しておいたところ、亡十三雄は、被告柴尾、川浪隆、熊谷次芳らと共謀して、加害車を窃取し、使用中に本件事故が発生した。
(1) 井上武昭は、本件事故当時加害車に対し、運行の支配・利益を有していなく、自賠法三条の「運行供用者」に該当しない。
(2) 亡十三雄は、共同運行供用者であり、自賠法三条の「他人」に該当しない。
(3) 右のような事実関係のもとにおいて、原告が井上武昭に損害賠償を請求するのは信義誠実の原則に反し、権利の濫用である。
三 原告(抗弁に対する認否)
1 被告柴尾に対し
同被告の和解が成立したとの主張を否認する。
また亡十三雄が自賠法三条の「他人」に該当しないとの主張を争う。
2 被告会社に対し
本件事故が、被告柴尾、亡十三雄らが、加害車を窃取して(但し一時使用の目的で)使用中に発生したものであることは認めるが、井上武昭が運行供用者に該当しないとか、亡十三雄が他人に該当しないとかの主張は争う。
(1) 井上武昭は、運行供用者責任を負う。すなわち右井上は、寿ビル地下駐車場に、加害車をエンジン・キーをつけ、窓ガラスも開けたまま六時間以上も駐車していた。右駐車場は、管理人をおかず、柵も設けていない。右ビルの利用客に使用させる目的のものであるが、誰でも自由に出入りできる。従つて右井上には加害車の管理上過失があると云うべきであり、また亡十三雄らは一時使用の目的で盗み出し、返還の予定であつたから、右井上は本件事故当時、加害車の運行供用者であつて自賠法三条の責任は免れない。
(2) 亡十三雄は、加害車の盗取と運転について、全く受働的立場に終始し、被告柴尾の主導的役割のもとに行なわれ、事故発生時も同被告が加害車を運転していた。従つて亡十三雄は自賠法三条の「他人」に該当すると解すべきである。
第三立証〔略〕
理由
一 事故の発生
請求原因事実(一)は当事者間に争いがない。
二 責任
(一) 被告柴尾
被告柴尾に、本件事故発生につき過失があつたことは当事者間に争いがない。
(二) 被告会社
井上武昭が加害車の所有者であること、被告会社が右井上と加害車について自動車損害賠償責任保険契約を締結したことは当事者間に争いがないが、被告会社は亡十三雄らが加害車を窃取して使用中に事故が発生したものであるから、右井上は「運行供用者」に該当せず、また亡十三雄は「他人」に該当しないと主張するところ、亡十三雄が自賠法三条の「他人」に該当するか否かについて判断する。
成立に争いのない甲第一号証の七、一二、一六、二三、二四、同じく乙A第一、二号証、証人川浪隆、同熊谷次芳の各証言、被告柴尾本人尋問の結果によると被告柴尾は、中学時代の同級生である亡十三雄、川浪隆、熊谷次芳らと、昭和四八年一一月二五日午前零時二〇分頃から、食堂でビール中壜一二本を飲んだが、その際天瀬町の露天風呂に行くことを決め、同人らは運転免許を有していないにも拘らず、駐車場に駐車中の自動車を盗み出して使用することを打ち合わせたこと、四人で手分けして適当な自動車を物色し、日田市中央一丁目所在の寿ビル地下駐車場にエンジン・キーをつけたまま駐車してあつた加害車を発見したこと、同車に四人乗り、被告柴尾において運転中、同人が高速でカーブを曲ろうとしてハンドル操作を誤つて加害車を横転させたことが各認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
右認定事実に基づいて判断すると被告柴尾ら四名の加害車の使用目的、乗車に至る経緯等を考慮すると四名全員が共同運行供用者であると解するのが相当である(右四人の加害車の乗出しの態様等をみると、現実の運転担当者が誰であつたかによつて、結論が左右されるものは解し難い。)。そうすると亡十三雄は自賠法三条の「他人」に該当しないから、その余の点について判断するまでもなく、右井上は自賠法三条の責任を負担しない。
従つて右井上の運行供用者責任を前提とする原告の被告会社に対する請求は理由がない。
三 損害
(一) 亡十三雄に生じた損害(逸失利益)
成立に争いのない甲第二号証の二四、原告本人尋問の結果とそれにより真正に成立したものと認められる同号証の二二、二三によると亡十三雄は事故当時満一八歳で、大工見習として稼働し、四万五〇〇〇円を下らない平均月収を得ていたことが認められる。
亡十三雄は、本件事故により死亡しなければ、満六七歳に達するまで稼働し、右金額を下らない額の月収を得ることができるものと推認されるから、同人の生活費を収入の五割とし、ホフマン方式によつて中間利息を控除して現価を求めると同人の失なつた得べかりし利益の額は左のとおり六五九万二三七四円である。
(計算式)
四万五〇〇〇×一二×〇・五×二四・四一六二=六五九万二三七四
(二) 原告と亡清藤に生じた損害
1 葬儀費用
原告本人尋問の結果によると亡十三雄の葬儀費用、仏壇購入費等として合計四三万円の支出をしたことが認められる。
2 慰藉料
亡十三雄の死亡により原告と亡清藤の受けた精神的苦痛を慰藉するのに相当な額は、原告本人尋問の結果により認められる原告らと同人との関係、その他の諸事情に鑑みて各二五〇万円が相当である。
(三) 相続
原告と亡清藤が亡十三雄の両親であること(成立に争いのない甲第六号証と原告本人尋問の結果によると亡十三雄の相続人は原告ら以外にないことが認められる。)、亡清藤が昭和五一年八月三一日に死亡し、原告がその唯一の相続人であることは当事者間に争いがない。
(四) 過失相殺
前記認定事実による亡十三雄の加害車への同乗の経緯、運転を担当していた被告柴尾は無免許のうえ飲酒していたこと(前掲各証拠より亡十三雄は、このことを知つていたものと推認できる。)等の諸事情のもとにおいては亡十三雄にも重大な過失があつたと云わざるを得なく、損害額の算定について斟酌することとし、その割合を五割とする。
(五) 弁護士費用
弁論の全趣旨により、被告らが支払に応じないので、原告と亡清藤(原告がその相続人であることは前記のとおり)は、原告訴訟代理人にその取立を委任し、手数料等として五〇万円の支払を約束したことが認められるところ、本件訴訟の経過、認容額等を考慮すると三五万円は、原告が被告柴尾に支払を求め得る額として容認できる。
四 和解契約
亡十三雄死亡に関し、原告らと被告柴尾との間に確定的な和解契約が成立したと認めるに足りる証拠はない。
成程原告と同被告との間で成立に争いのない甲第三号証には「この事故に関して他の関係者に決して御迷惑はおかけ致しません」との記載があるが、右記載のみで原告らが被告柴尾に対する亡十三雄の死亡に基く損害賠償請求権を放棄したと断定することは相当でなく、成立に争いのない甲第一号証の三、証人柴尾泉の証言、原告本人尋問の結果を総合すると亡清藤と柴尾泉らとの間において、自賠責保険金が出たら、亡十三雄の死亡による損害は、それをもつて充当し、敢えて被告柴尾らに対してそれ以上の損害賠償の請求はしないとの暗黙の合意が成立していたことが認められる。
原告の被告会社に対する請求が理由のないことは前記のとおりであるから、被告柴尾は原告に対して本件請求を拒否することはできない。
五 結論
以上のとおりであるから、原告の被告両名に対する請求は、原告の被告柴尾に対する六三六万一一八七円とこれに対する訴状送達の後の日である昭和五〇年一二月二日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、右の限度において正当として認容し、被告柴尾に対するその余の請求と被告会社に対する請求をいずれも失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 新城雅夫)